東京高等裁判所 昭和28年(う)153号 判決
被告人 高井義季 外
〔抄 録〕
一、弁護人Aおよび同Bの控訴趣意第四点について。
原審における建造物侵入被告事件の第一回公判期日(昭和二七年六月一八日)に当時の共同被告人一二名(本件被告人九名の外石塚利雄、福島岩雄および谷名昭二)の弁護人角田儀平治は、裁判長の被告人等に対する人定質問手続中口頭で裁判所に対し自分一名で一二名の被告人の弁護に当ることは職責遂行上負担過重であるから、被告人高井義季、同岡安文次、同安田博二および同福島岩雄四名以外の八名の弁護人たることを辞任する。よつて右八名については別に国選弁護人の選任ありたい旨申出で、これに対応して右被告人八名は国選弁護人の選任方を請求したが、裁判長は、その選任をなさざるまま若干訴訟手続を進めて同公判期日を終了したことは所論のとおりである。
然し、凡そ弁護士として刑事被告人の弁護人となる者は、訴訟法規上種々特殊の権利と地位とを認められる反面ひろく公益的見地から刑事司法に協力して社会正義の実現に努むべき使命を帯びているものである。而して弁護人が一旦弁護人選任届を提出して公判期日に出頭しながら未だ人定質問の途中突然口頭で負担過重を理由として弁護辞任を申出で同時にその辞任されたと称する被告人から即時国選弁護人の選任請求に至らしめるが如き場合若しこれにより直ちにその選任なくしては訴訟の適法なる進行はできなくなるものとすれば、結局つねに弁護人の全く自由なる一存によつて訴訟手続の秩序と進行とは乱潰寸断される危険にさらされることは明らかである。故に、斯る辞任申出は前記弁護人の職責に反すること甚しき一種の権利濫用行為として、少くとも裁判所および他の訴訟関係人において同公判期日に一応予定した訴訟行為の終了するまでは、なおその辞任行為は効力を発生するに至らざるものと解するを相当とする。
而して記録を閲するに、右第一回公判期日には角田弁護人の右辞任申出あり且つ被告人八名から国選弁護人選任の請求あつたのに対し、原審裁判長は、公判開廷後突然弁護を辞任するが如きは不当にして且つ同事件は必要的弁護事件でないから右選任に関する処置は後日行うべき旨述べて、被告人等の人定手続を進め、次に、検察官の起訴状の朗読を経て、被告人等に事件に関する陳述の機会を与え、次いで被告人谷名昭二から裁判長忌避の申立ありしに対し却下決定あり、次いで被告人八名から重ねて国選弁護人選任請求をなし、之に関し、角田弁護人から「突如八名の被告に対する弁護を辞任したことは陳謝する」旨申述べ、更に右国選弁護人の選任ありたき旨附言し、これを以て同公判期日は終了され、而して同日(昭和二七年六月一八日)中右被告人八名から公判廷外において書面により右選任方を請求し、之に対し原審は同月二六日決定を以て右八名に対し、それぞれ国選弁護人選任に至つたこと明白である。故に、角田弁護人の前記辞任行為は右第一回公判期日に人定質問と起訴状朗読という一般に第一回公判期日としては訴訟進行の最小限度たる手続を済まして終了したとき初めてその効力を発生し、次いで右被告人八名から書面により国選弁護人請求あつたに対し原審からその選任ありしものと解するを相当とし、これらの間原審の訴訟手続は、孰れも正当であつて、所論の如き違法違憲の点は毫もみられない。論旨は理由がない。
二、同第五点について。
(1) 原審は昭和二七年八月七日附裁判長河内雄三名義を以て北群馬地区警察署長宛に被告人岩沢、同岡安、同後藤、同高井、同水上および同福島に関し、また利根地区警察署長宛に被告人竹末、同金井および同小泉に関し、それぞれ「被告人の身上調査依頼について」と題する書面を発し、その各回答書を得て之を記録第二八五丁以下に編綴してあること所論のとおりである。然し、裁判所は、審判上必要なる事項については職権を以ても公務所等に照会して同事項の調査報告を求め得ることは刑訴法第二七九条に規定あり(同様の方法が捜査機関によつてとられる場合については別に同法第一九七条第二項に規定がある)、而して、その照会の回答中証拠能力あるものについては、之を証拠に供するや否やも当該裁判所の裁量に属する。故に、原審において、右各囘答書を得て、これをそのまま記録に編綴しておいたこと自体は別段違憲や違法を来すべき事柄ではない。論旨は理由がない。
三、弁護人Aおよび同Bの控訴趣意第一点について。
公務執行妨害罪により保護される法益は公務執行の機能自体であつて、本件の場合は昭和二七年一二月二六日附原判決摘示第二の日時場所における差押物件引揚の作用を意味する。而してその作用に二名以上の当該公務員が従事した場合には、その保護法益は同公務員毎に有り、従つて一個の行為によつて数名の公務員の公務執行を妨害したときは、その員数に応ずる数の公務執行妨害罪が成立するものと成すべきである。而して、その場合その公務員については、必ずしもその氏名を遂一具体的に判決に列記するを要せず、要は当該公務執行の権限ある職員たること、およびその員数を知り得る程度に記載すれば足ると解するを相当とする。そして前記原判決摘示第二に対して引用されている各証拠および当審証人倉沢満之に対する尋問調書によれば、右原判示第二の日時場所において所論倉沢満之のほか愛橋昭三、村田敏夫、下田和雄、佐藤長七の四名が北群馬地方事務所税務署職員として税金滞納による差押物件引揚の公務に従事中被告人高井が右五名の公務執行を妨害したことを認められ、右原判決に「倉沢満之外四名」というは右各員を簡略に表示したものなること自ら明らかである。
故に右原判決には所論のような法令適用上の誤りもなく、また判決の理由不備も認められない。論旨は理由がない。
註 本件は一部量刑不当にて破棄。